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清明の候、皆様、ご入学・ご進級おめでとうございます。
今年のグレイススタディケアの教育方針のテーマを申し上げます。
今年のキーワードは「教養を高める」であります。昨今の政治・経済の動きの中で、問題となっている事件の根本原因は、諸事に携わる人間の品性・教養の欠如に求められる部分が大きいのではないか、また、ニート等の若者の問題に関しても、日本の教育から「教養」の2文字をはずしたころから、顕在化しはじめたような気がいたします。
せめて、グレイススタディケアとご家庭が一体となって、お子様の教養を豊かに育むような1年にしたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
4月のスタディケア
《 中学受験生の皆様へ 》
4年生にとって、入試問題の応用力を培う練習は、かなり難解に感じられ、勉強自体あまり楽しく感じられなくなる可能性もあります。今の時期は、新しい計算を素早く、正確にこなすことができるよう練習を積み、応用問題に関しては、説明を理解できれば十分といたしましょう。
5年生の方は、小学算数の計算技能修得の終盤となり、和差算などの一行問題で頻出の単元の学習が始まります。考え方がわかっても、最終的には計算力がものをいいます。ひたすら計算練習に取り組んでください。
6年生にとっては、今はまだ受験は遠いもので、どちらかというと周囲の大人のほうが焦りがちです。1週間のスケジュールを見直し、それを実行できるような環境を整えてください。
《 小学生進学総合コースの皆様へ 》
昨年ぴかぴかの1年生だった君も、もうすぐ先輩となって1年生を迎えるようになります。おぼつかない手つきで握っていた鉛筆も、今はすっかり手になじみ、しっかりした字が書けるようになりました。引き続き、足し算や引き算を学び、学ぶ漢字なども多くなりますが、1年生で培った学力の延長上にあります。あせらず日々の授業を大切にいたしましょう。
3年生は、新しく理科・社会の教科が始まります。また、掛け算の筆算や割り算も加わり、学習内容が増加いたします。とかく学習することに慣れてきて、面倒に感じる学年でもありますが、そこを我慢して取り組むようにいたしましょう 。
《 特別生の皆様へ 》
なんと、今年はひとりの落伍者もなく、全員が小学生コースから特別生に進学することができました。中学校、高等学校ご入学おめでとうございます。しかし、学習態度に怠惰な様子が見受けられたり、マナー違反、乱れた服装、周囲へ迷惑をかける等の行為があるときは、誠に残念ながら拝見いたしかねますので、緊張感を持って学習に向かうようご家庭でもご注意ください。
さて、特別生の皆様にこそ、教養を磨いていってほしいと切に願います。そのためには、本を読むことをおすすめします。私事ですが、忙しい中・高校生時代、休み時間や通学の車中で読書を楽しんでおりました。毎朝、多摩川の駅を6時50分の東横線に乗りますと、必ず座ることができ、渋谷までの約20分(当時は普通しか停車しませんでした)で結構な読書ができたのです。同じスタイルを望むわけではありません。自分にとっての空き時間を上手にみつけて、いろいろなジャンルの本に親しんでください。読んでみなければ、楽しいかつまらないか、わからないではありませんか?
〜 コラム 「
二宮尊徳」 〜
先日、所用があり、栃木県の二宮神社と二宮尊徳資料館を訪ねました。少し前までは、多くの学校に、少年時代の二宮金次郎の銅像がありました。その姿は、たいてい薪を背負いながら本を読んでいるもので、日本人のよい特質の一つである(あった?)勤勉さのお手本として、存在しておりました。以下に、尊徳の業績の一部を紹介します。
二宮尊徳は天明7年(1787)相模国足柄上郡栢山村(小田原市)の農家に生まれ、通称金次郎という。
14歳で父を、16歳で母を亡くし、伯父の家に引き取られた金次郎は、日夜一生懸命に働き、暇を惜しんでは勉学に励み、
弱冠24歳の時、独力で一家を再興した。
また、小田原藩家老・服部家の財政建て直しにも成功するなどして、高い才能を藩主・大久保忠真公に認められ、
文政5年(1822)野州桜町(現・二宮町、一部は真岡市に属す)復興の命を受け、翌6年(1823)田畑・家財等をすべて売り払い、
一家そろって桜町陣屋に赴任してきた。
当時の桜町は、小田原藩大久保家の分野で旗本の宇津家の所領であり、4000石といわれていたが、
実質は1000石にも満たないほど田畑は荒れ果てて、農民の心も疲れきっていた。
尊徳は早朝から一軒一軒訪ね歩き、勤勉を勧め、農具を与えるなどして盛んに表彰を行い、
農民たちの心に出精心を引き起こそうと努めた。 また、自ら先頭に立ち、用水路や堰や橋などの改修を行った。
最初は暗礁に乗り上げていた仕法も次第に実を結び、桜町は実収3000俵を超える豊かな村に生まれ変わった。
尊徳が、自ら体得し編み出した「至誠」「勤労」「分度」「推譲」の四つの教えは、天保の大飢饉にも生かされ、
多くの人々を救済した。37歳から26年間働き盛りを過ごした桜町時代は、尊徳にとって最も充実した時期で、
報徳仕法の実践とともに、その名は全国的に知れわたった。
「至誠」「勤労」「分度」「推譲」の四つの教えについては、下記に詳しく記述されています。
http://www.ktr.mlit.go.jp/shimodate/04_ryuik/30/30_1.htm
さて、二宮尊徳は、物や人のもっている「よさ、とりえ、持ち味」のことを『徳』として、その徳をうまく使って社会に役立てていくことを『報徳』とよびました。尊徳は、「あらゆるものに、徳はある」と考えました。これを『万象具徳』といいます。この『万象具徳』について、小田原の報徳博物館元館長の佐々井典比古氏はつぎのような詩で表現しておられます。
万象具徳
どんなものにも よさがある
どんなひとにも よさがある
よさがそれぞれ みなちがう
よさがいっぱい かくれてる
どこかとりえが あるものだ
もののとりえを ひきだそう
ひとのとりえを そだてよう
じぶんのとりえを ささげよう
とりえととりえが むすばれて
このよはたのしい ふえせかい
*「ふえせかい」とは増え世界(限りあるものから限りないものが生み出される)のこと
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