ホーム > タグ > 古文

古文

「東宮」と「春宮」の違い―古文の読解

古文の文章を読んでいると、現在では使われていない言葉に出会うことがあります。「」もその一つです。

」はもちろん皇太子のことですが、古代中世では「春宮」という言葉も用いられます。大学入試問題にも出てきますので、これはなんだろうと不思議に思われる方もいらっしゃるでしょう。

現在の行政制度では、皇太子の住まいを「東宮御所」(とうぐうごしょ)と呼びますし、その外務、内務をつかさどる役所を「東宮職」と呼んでいます。新聞報道にも時折、「東宮大夫会見」などという言葉が載っています。ちなみに「東宮大夫」は「とうぐうだいぶ」と読み、決して「たゆう」ではありませんのでご注意を。「」は律令制の四等官の長官(かみ)のことです。律令制下では役所の統括者を「長官」(かみ)、次いで「次官」(すけ)、「判官」(じょう)、「主典」(さかん)と呼称していました。厄介なことは、これが役所ごとで充てられる漢語表現が異なっていることです。皆さんもよく御存じのあの「金さん」。「北町奉行所遠山左衛門尉様…」という台詞がありますね。これは金さんが左兵衛府の判官の職位を持っていたことを表します。今の都道府県庁の統括者は知事と呼びますが、当時は「守」(かみ)と呼称していました。国衙「こくが」(「国庁」「国府:こう」とも呼びます)では、長官を「守」、次官を「介」、判官を「掾」、主典を「目」と表し、「かみ、すけ、じょう、さかん」と呼んでいました。古典や歴史の図録に表が載っていると思いますので、一度確認しておきましょう。

さて、話題を元に戻して、「東宮」と「春宮」の違いはなんでしょうか。中世までは当時の人はこの表記の違いを明確に区別していたようです。「東宮」が用いられるのは、皇太子の外務にかかわることをつかさどるときに、「春宮」は皇太子自身、または皇太子家の内政に関することに用いられていました。令制では、皇太子の家政機関を「春宮坊」と称し、その長官を「春宮大夫」と呼びます。ですから一般的には「春宮」と出てきたら、皇太子そのものを指すと覚えておけばいいでしょう。なぜ「春」なのかというと、古来の方位では「東」を「春」としているからです。この方位と時刻、そして節句も古文の読解には必要な知識ですので、整理して覚えておきたいものです。

皇太子のことを和訓読みすると「ひつぎのみこ」となります。現在は新年に宮中で「歌会始の儀」が執り行われます。司会役の読師(どくし、現在はどくじと言う)が「ひつぎのみこが詠みたもう…」と言っていますね。これはもちろん皇太子殿下が詠まれた歌のことです。天皇陛下は「すめらみこと」、皇后陛下は「きさいのみや」です。NHKでも放送されていますから、入試科目に古文がある方は一度ご覧になっておいた方がいいと思います。

話はそれますが、この和訓(日本古来の読み方)は果たしてこの通りだったのかどうか、すべて明らかになっているわけではありません。古代中世の仮名文書や仮名で書かれた物語に載っているものは判明しますが、公的なものの呼称は実は定かではありません。当時の公的文書はすべて和様漢文体と呼ばれる漢文を崩した文体で書かれていました。したがって、その読み方はよく解らないのです。私は歴史学としての読み方をしますが、国文学での読み方はこれと異なっているものがあります。その上、いわゆる京都学派と東京では同じ用語でも異なって読んでいるようです。例えば、中世の荘園制に見られる荘官に「下司」という職制がありますが、京都学派の人たちは「げす」と読み、関東では「げし」と呼んでいます。この他にも「左右なく」という表現を、「とこうなく」と読むか「さうなく」と読むかの違いを耳にします。

こうした日本古来の読み方にはなかなか難しいものがあります。この研究も進んでいますが、私は日本古来の読み方は、京都などに多く存在する尼門跡寺院の「門跡口上」に伺えるのではないかと思っています。もう30年近く前のことですが、現皇太子殿下にお供して京都を旅した際に、尼門跡寺院で門跡様から直接口上を聞く機会を得ました。この門跡口上は、(中世では天皇のことを「しゅじょう」または「おかみ」と呼ぶ)やそれに次ぐ地位の皇族に対してなされるものです。古代中世の古記録などを読んでいた私も、実はあまりよく意味が解らなかったことを記憶しています。当時(古代中世)は、「は、ひ、ふ、へ、ほ」を「”fa, fi, fu, fe, fo”」と発音していたようで、この発音が門跡口上に含まれていることだけは確認できたように思います。

現代の日本語では曖昧になっていますが、「わ、ゐ、う、ゑ、を」は「”wa, wi, wu, we, wo”」と発音するのが正しい在り方です。「本を(wo)読みます。」と皆さんは正しく発音できていますか。

私は大学院時代に東京大学史料編纂所教授で元国立歴史博物館館長の土田直鎮先生(故人)から直接ご指導をいただきましたが、先生は「だいたい和訓などというものはよくわからないものだから、人名などはすべて音読みにするのがよい。」とおっしゃっておられました。ただ、「」を「ゲンのギケイ」と呼ぶのは少し抵抗がありましたが….先生はまた、特に人名などの和訓は江戸時代に本居宣長がそう呼んだだけだから、それにこだわる必要もなかろうとおっしゃっておられたことを覚えております。

しかし、古文を勉強されている高校生諸君はたまに入試問題で読みを問われることがありますので、教科書や過去問などで出てきた読み方は曖昧にしない方がよいでしょう。事ほど左様に、読み方はいろいろありますので、その都度確認しておきましょう。ただし、「東宮大夫」を「東宮たゆう」などと読んではいけません。「たゆう」と読んで、皇太子のところには遊女がいるのかなどと言うのは論外ですよ。それは読み方以前の問題です。

Home > タグ > 古文

アーカイブ
タグクラウド
Get Adobe Flash playerPlugin by wpburn.com wordpress themes

Return to page top